デンマークのレヴューミュージアム
羨ましいことに、デンマークには、演劇博物館とは別にレヴュー博物館があります。
コペンハーゲンの北に位置する市民の憩いの場、 Frederiksberg 公園の入口に位置する、絵画的な黄色い建物は青空によく映えます。
http://revymuseet.dk/
11月末、コペンハーゲン大学で宝塚について卒論を書いているアナ・マリアさんと一緒に久し振りに訪れました。目的は、デンマークのレヴュー史と日本の特異なレヴュー、タカラヅカの歴史と文化を比較しながら展示をゆっくり鑑賞して歓談すること。
デンマークのレヴューと日本のレヴューは全然違う発展をしたけれど、1910年代、20年代は結構共通点もあったものです。華やかな衣装と舞台美術、女の子達のラインダンス、男役としても活躍する若い女性のスター達などなど。
例えば、Marguerite Viby (1909–2001:http://en.wikipedia.org/wiki/Marguerite_Viby)は小粋な青年やコミカルで哀愁もあるチャップリンも演じました(写真:http://revymuseet.dk/?page_id=23)。小夜福子さんや最近では霧矢大夢さんに似たタイプかしら?
1930年代の彼女は、まるで手塚マンガから抜け出した「リボンの騎士」のよう。

1979年にチボリ公園のレヴューで男役のスタイルで出演した時もチャーミングで、生涯人気のある人でした。

博物館では1849年から現在までのレヴューの変遷を総観できます。写真と映像の展示を軸に、舞台衣装や音声も直に見たり聴いたりすることができ、上映やミニコンサート等を開催するスペースも設けられています。
館内ガイド(動画):http://revymuseet.dk/?page_id=314
一番最初のレヴュー劇場はチボリ公園の中に、 Georg Carstensen (1812 – 1857:http://en.wikipedia.org/wiki/Georg_Carstensen)の発案で始められ、Casinoと名付けられたことは面白いと思いました。ここでも遊園地の中から生まれたのですね。
今回は、デンマークで最大且つ最年長のレヴュー劇団Cirkusrevyenの特別展も併設で鑑賞できました。

このレヴュー団は76年続いているそうです。
それでもタカラヅカは20年以上先輩になるということは、やはりすごいことかもしれません。博物館の方たちも遥か遠くの日本で、まもなく一世紀を迎えるというTakarazuka Revueなるものに興味津々でした。卒論や博論で取り上げる人も益々増えて来るでしょう。
熱心に展示を案内して下さった学芸員のニコライさんに感謝申し上げます。

そして、館長のエリックさん曰く「演劇博物館の中に入っているとレヴューは低く見られてしまい、日の目をみないからね。」
嗚呼、事情はどこでも同じなのです。日本の演劇博物館でも音楽劇は苦労しております。オペラ>オペレッタ>ミュージカル>レヴューの順で、研究も少しずつ進んではいますけれど、宝塚歴史文化研究も着々と頑張りましょう!と、思える訪問でした。レヴュー専門の博物館が存在することは有難いことです。
Tusind Tak !
追記:10年くらい前、まだファミリーランドが存在し、チボリ公園と友好があった時にお話しする機会があった文化企画担当の方と、「宝塚が北欧公演に来た時はチボリの劇場がぴったりですね!」と、笑顔を交わしたあの日が偲ばれます。阪神淡路大震災後、そして遊園地なき後、街の景観が大きく変わった宝塚市。武庫川の畔で、音楽学校と大劇場だけが独歩しなくてはならない時代。日本演劇史、さらには世界の演劇史のなかでどう位置づけられていくか、国内からのみならず、国外からも注目されています。















